計り知れぬほど深く、おののくほど強く、信じがたいほど永く
貫かれた、愛があった
1981年にわたしは彼と出会い、
1988年に彼は死んだ
彼の名はジェームス・ブライアン
「どこにもいない人間」
または「存在するはずのない者」
PALM 獸木野生(伸たまき) (1983年~連載中)(あらすじ)
1981年、元心臓外科医の私立探偵カーター・オーガスは、シンジケートの家系に生まれ、11歳で誘拐され、数奇な運命をたどったかつての天才児、ジェームス・ブライアンを助手として雇うことになる。
28歳でこの世を去ったジェームスの伝説を中心に、3人の人種の異なる主役とその周りの人々、20世紀後半の世界を描いた壮大な人間ドラマ。
シリーズは2010年代完結の予定。

私が未だに新刊を絶対購入する漫画家さんがいる。
岩舘真理子、くらもちふさこ、そして獸木野生。
獸木を知ったのは、83年だから、かれこれ29年。あっという間の29年。
知らない方も多いのかな。この「PALM」シリーズ。現在35巻まで出版されていて、先日やっと9話が終了。物語はいよいよ佳境に入り、最終話「TASK」を残すのみになった。
ちょっと独特のアメコミ風で、白と黒の陰影が印象的なその絵柄は、およそ少女マンガというジャンルでくくるには無理がある気がする。その壮大なストーリー性も。
少年マンガのように勝ち進む物語ではないし、少女マンガのように、「あなたと私」という恋愛の土壌で展開する物語でもない。
不思議な風合いを醸し出しているマンガで、とっつきにくい、と思われている方も多いと聞く。
でもね、でもね、一度この世界に足を踏み入れると、圧倒される。
登場人物が織りなす運命の紋様は、壮大なタペストリーで、クロニクルなのだ。
この物語が稀有なのは、最初から主人公の死ぬ日が明示されていること。年表があるのだ。
永野護の「ファイブスター物語」のように。(しかしFSSはファンタジーなので、なんでもありな荒唐無稽の年表だけれどもね・笑)
死に向かっていく物語なのだ。まさに、我々の人生と同じ。
脚本があり、コマに絵を落としていくその作者の技法のおかげで、まるで映画のよう。毎話のラストシーンは、本当にそのまま映画のエンドロール。
絵が流れていき、どこからともなくBGMが聞こえてくる。そんな斬新なマンガ。
獸木は、独学でマンガを描いてきた、と述べるように、マンガ家育成エリートコースから外れた彼女の、その技法は独特であり、特異であり、ストーリーと相まって、奇跡のような物語を綴っていく。
(彼女の半生は「青また青」で描かれている。まさに事実は小説より・・・みたいな人生なのよ)

何よりもその物語。
まるでサリンジャーのような、アーヴィングのような、カート・ヴォネガットのようなアメリカ文学を彷彿とさせる、奇想天外なストーリー。
描かれるのは、生きることと、死ぬこと。
死は突然飛来する、何の前触れもなく、テロリストのように。
そんな作者の達観した冷徹な眼差しが、この物語の根底を流れているのだ。
どんなに、爆笑するシーンでも、愛おしくなるシーンでも、嬉しくなるシーンでも、死の影は常にそこにある。
淋しさと、愛おしさと、切なさと、恐怖が入り混じって。この物語を読むたびに狂おしくなる。
アメリカという国に流れ着いた椰子の実(パーム)のような人々が、疑似家族を作り、そして別離の予兆に満ちた最終話「TASK」。とうとう最終話まで29年かけてきたんだわ、と感慨深い。
主人公のキャラ設定も秀逸。
しかし主人公3人は、皆、アダルトチルドレンだわね。
母親に「void」と名付けられた「存在しない人間」ジェームス、黄色人種の血ゆえに母親に虐待されるカーター、ライオンに育てられたアンディ。
彼らのそれまでの人生を思うと、どうか少しでも長く、疑似家族としての安らぎの時が続くようにと、願わずにはいられない。
設定だけ見ると、「はみだしっ子」の後継者のような作品だわね。
笑いと(80%は笑える話です!)と愛と涙と感動を味わえる、大河ロマン。
人生って哀しくって、残酷で、でも果てしなく美しいものなんだわ、と感じさせてくれる物語です。
機会があればぜひ。
パーム0・お豆の半分
パーム1・ナッシング・ハート
パーム2・胸の太鼓
パーム3・あるはずのない海
パーム4・スタンダード・デイタイム side1、スタンダード・デイタイム side2
パーム5・星の歴史-殺人衝動
パーム6・オールスター・プロジェクト
パーム7・愛でなく
パーム8・午前の光
パーム9・蜘蛛の紋様
パーム10・TASK