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nakayama kaho

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「猫背の王子」中山可穂 (1993年)

創作上でのロマンスに関してのタブーは、あまりにないと思う。(リアルは別だけれども)
何しろ敬愛するBL作家木原音瀬が、もちろんBLを始めとしてあらゆる手法でロマンスにおける萌えの領域を広げてくれたから、私の。

そして私の中でロマンスの双璧の一人、中山可穂 は、ビアンというロマンスの領域を見せてくれた作家である。
時として、ビアンの世界の赤裸々さを描く作家、とセクシャルな部分のみしか語られない作家であるが、私の中では「ものすごく心が痛む作家」としてカテゴライズされる。
私にとって、セクシャルな描写は、それほど重要なことではない。
ロマンス小説(映画やドラマでも)胸が痛くなるかどうか、が評価の基準であり、中山の作品は、狂おしく胸が痛くなるのだから。


自分とセックスしている夢を見て、目が覚めた―。女から女へと渡り歩く淫蕩なレズビアンにして、芝居に全生命を賭ける演出家・王寺ミチル。彼女が主宰する小劇団は熱狂的なファンに支えられていた。だが、信頼していた仲間の裏切りがミチルからすべてを奪っていく。そして、最後の公演の幕が上がった…。スキャンダラスで切ない青春恋愛小説の傑作。俊英の幻のデビュー作。



王寺ミチルにどれほど焦がれたことか。
彼女の舞台をどれほど観たいと、焦がれたことか。
セクシャルな場面もあるけれども、この作品はむしろ、真摯に一人の人間が舞台に向き合うとはどういうことか。
それに巻き込まれた人はどれだけ傷つくのか。そのことによってミチルもどれだけ傷ついてしまうのか。
それすらも超越する演劇の魅力。
そんな物語に見えて、仕方がなかった。

何よりもビアンの世界を舞台にしながら、愛しようのない女を愛したトオルという男の恋の物語であり、それが次作でより鮮明になったことに、深く感銘を受けた。

王寺ミチルの物語は三部作だそうだが、三作目は、未だ世に出版されない。
最近の作者の本のあとがきで、現在の出版業界との決別ともとれる文章が掲載されていて、おののいている。
曰く、中山のような寡作の作家に対して、商業主義の出版社は発表の機会を与えない、とのこと。

ミチルに逢いたいから。
私の胸を狂おしく焦がしたミチルのその後が、見たいから。
強く願う。
どうか、ミチルのその後を読めますように、と。
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by moonlight-yuca | 2013-02-24 20:08 | ■本■ | Comments(0)
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